歴史を語る わが町の商店 その101 「うな藤」
2012年8月26日(日) 信州民報
▼以下転載
江戸時代の創業で初代は高桑藤蔵さん、二代目は藤重さん。三代目は二代目の名を継いだ藤重さんで、現店主の六代目にあたる光明さん・美幸さん夫妻は、三代目を「二代目・藤重さん」と呼ぶ。店名「うな藤」は初代の名からといい、「昔、うなぎは近所の川にもいて、料理屋としては扱いやすい食材だった」と話す。
当初は市内鍛治町に店を構えたが、大正時代に現在地・本町へ移転(当時は緑町といった)。美幸さんはおばあさん(四代目夫人)から、市役所が通りの奥にできると聞きつけ緑町が発展するのではと、二代目・藤重さんが移店したと聞いた」と話す。昭和の半ばまでは結婚式を挙げる人も多く、「ここで結婚式をあげました」と懐かしむ客が訪れることもあるという。
また「古き良き時代には池にうなぎを放し、客が選んだうなぎをさばいて焼いたこともあった」という。芸者衆が宴会を盛り上げた時代の「上田共全社料芸組合作成・芸妓人名表」(昭和15年)が保管されており、これによると22軒の置屋があったことがわかる。
昔ながらの建物を大切にし、割烹として伝統的なおもてなしを続けている。大・中・小5つの座敷から眺めることができ、座敷への通路や調度品には風情があふれる。大正時代にタイムスリップしたような空間に、客は「懐かしい」と心を癒す。
光明さんは「本町祭など、まちを元気にするイベントに協力しながら、昔ながらの実を守っていきたい」と話す。昨年から京都での勉強・修行を終えた息子の大資さんが一緒に働く。「昔ながらの料理と今の料理を融合させ、お客様に喜んでいただける料理を提供したい」と、大資さん。
完全予約制で、予算・要望に応じた料理を心を込めて提供している。
▲転載ここまで
本町祭のときにもお店のおいしいものを提供していただいている「うな藤」さん
「うな藤」と書いて「うなとう」と読みます。
歴史ある「うな藤」さんのお話だったので、今回は全文を転載しました。
こうやって昔ながらの割烹が上田にあるっていうのも城下町ならではなのかもしれませんね!
(文:mitu)
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