「旧上田飛行場」証言後世に 整備員ら2人から聞き取り
2013年3月14日(木) 信濃毎日新聞
▼以下引用
上田市教育委員会は、同市中之条の上田千曲高校敷地内に戦時中あった旧上田飛行場について、当時を知る人への聞き取り調査を始めた。
▲引用ここまで
記事によると、教育委員会では、2011年夏から資料集めに本格的に取り組んでいて、聞き取りは今回が初めてだそうです。
今回聞き取りされた2人の方は、2月27日に掲載された以下の記事をみて教育委員会に連絡をされたそうで、職員さんがご自宅を訪ねて聞き取りしたそうです。
旧上田飛行場 戦跡の調査・保存へ組織 上田市教育委員会 来年度めどに設立へ
http://uedanavi.naganoblog.jp/e1210340.html
聞き取りでは、1945年8月の終戦間際の朝に鉄敵機が飛行場に無数の機銃掃射を浴びせ爆弾を落としていったとのお話や、小牧橋の近くの神社にガソリンや航空燃料用に確保した「松根油(しょうこんゆ)」が入ったドラム缶を計50~60本隠してあって缶が腐食して中身が漏れていないか確認していたことなどがお話されたようです。
今回のお話とても貴重なお話ですね。
上田市下之郷の長野大学の裏山は東山と呼ばれていますが、個々の山の中に数十本の松ヤニ採取痕跡の松がたくさんあります。
これらの松からとった松ヤニを使って「松根油」が作られたと聞いたことがありますが、実際に隠してあったドラム缶の管理をされていたなどのお話によってより、歴史が解明された感じがします。
上田の戦時中や戦争に関わる歴史についてこうやって歴史に残っていくこといいですね!
(文:mitu)
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